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最高裁判所第二小法廷 昭和35年(オ)180号 判決 1961年12月01日

上告人 和洋商事株式会社

被上告人 京橋税務署長

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人弁護士阿南主税、同斎藤清次郎の上告理由第一点について。

論旨は、被上告人京橋税務署長及び東京国税局長は本件行為計算の否認に際して法規裁量の事実がなく恣意独断によつて行政処分をした違法があるにかかわらず、原判決がこれを是認したのは違法である旨を主張するに帰する。

しかし、原判決は証拠に基き、法人税法三一条の三による上告会社の行為計算の否認が客観的に妥当であることを認定しているのであつて論旨は理由がない。所論違憲の主張は前提を欠き採用できない。

同第二点について。

京橋税務署長が、右の否認に基いて、上告会社の所得申告を更正するに際し、原判決が採用した所論の資料によつたものでないことは論旨のとおりである。しかし、その処分が、その後の資料によつて客観的に正当であれば、右更正を違法とすることはできないのであつて論旨は理由がない。

同第三点について。

京橋税務署長も原判決も大内節子が上告会社の代表取締役である事実を否認しているわけではなく、また報酬支払を違法としているのでもない。ただ、同人が事実上会社の事務に従事する程度を認定し、その報酬が客観的に高額であるとし、報酬金額の一部について所得金額計算上損金算入を否認したのに過ぎないのである。所論違憲の主張は前提を欠き採用できない。

同第四点について。

原判決が本件否認を正当としたのは、東京国税局管内の上告会社と類似営業の法人の役員に対する報酬、全国における資本金百万円以下の会社の役員に対する俸給を比較し、大内節子の上告会社に対する勤務状態をも勘案した上で、同人に対する適正俸給額は月額三万円を超えるものではない旨を認定したことによるのであつて、所論の乙八号証のみによつて判断したのではない。また佐々木チヨに関しては、論旨は、原判決の事実認定を非難するに過ぎない。所論はすべて採用できない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤田八郎 池田克 河村大助 奥野健一 山田作之助)

上告理由

第一点<省略>

第二点 第二審判決は、本訴の請求原因に対し判断をしないで、法人税法第三十一条の三第一項の法規範、並にその適用の場合の一般的妥当性のみを判断した違法がある。

上告会社は、上告理由第一点一、に陳述したとおり、京橋税務署長ないし、東京国税局長の行政処分の違法取消を求めたところ、原審において「本件にあらわれた全証拠をもつてしても適正額を認めるには不十分である。そうすると原告が大内節子に対し支給した報酬の額のうち何程が適正額を超える過大なものであるかどうか確定することができないから被告のなした大内節子に支給された報酬の否認は正当とはいえない」と原告の勝訴を判決し、被上告人側において控訴したものであるから、控訴審においても、飽くまで京橋税務署長が法人税法第三十一条の三第一項を適用して、上告会社の代表取締役大内節子に対する報酬の一部を否認して更正決定をなした行政処分が、同条の法規範に照し妥当であつたかどうかの事実関係を審理すべきものであることは当然である。

国民の納税義務は、法律によつてのみ負担せられるのであつて租税行政の運用に携わる収税官吏の、恣意乃至独断的判断によつて負担せらるべきものではないことは、憲法第三十条の明定する基本原則である。故に租税賦課の行政作用は、租税法規の立法形式の如何にかかわらず、純然たる自由裁量を容るべき余地はなく、何が法規範であるかを裁量する、所謂法規裁量であることは、租税行政の根本原則であつて学説判例の一致するところである。

法人税法第三十一条の三第一項は「政府は第二十九条乃至第三十一条の規定により課税標準若しくは欠損金額又は法人税額の更正又は決定をなす場合において同族会社の行為又は計算でこれを容認した場合においては法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるものがあるときは、その行為又は計算にかかわらず政府の認めるところにより当該法人の課税標準若しくは欠損金額又は法人税額を計算することができる」と規定している。

この規定の立法理由は、第二審判決理由三(ハ)以外に判示しているとおりである。憲法第三十条、並に本条の立法理由から、法人税法第三十一条の三第一項を適用する場合の法規範を列挙すれば次のとおりである。

(イ) 適用を受ける法人は同族会社であること。

(ロ) 法人税の負担を不当に減少させる結果の判断につき法人に不当に法人税を減少せしむる犯意のあること、又は違法行為たることは要せないが、その判断の尺度として、経験法則上客観的妥当性ある規準によること。

(ハ) この妥当な規準につき一般的、具体的な規準、例へば上級官庁の訓令等の定めがないときは、租税目的から合理的、良識的に推理した条理によること。

以上の法規範に準拠して法人税法第三十一条の三第一項を適用することが、同条に規定した「政府の認めるところにより」との意義である。

本訴訟は前述のとおり、京橋税務署長ないし東京国税局長が上告会社の代表取締役大内節子の報酬の一部を否認するに当つて、右規範充足の行為があつたか否かの事実関係を明かにして同条適用の当否を判断することが審理の対象である。

第二審判決が此等の事実を証明する証拠として摘示した証拠は、理由三(ハ)(1) によれば、川合弘の証言、乙第十三号証、第十四号証の一乃至十一、第十五号証の一乃至三、第十六号証の一乃至十、第十七号証の一乃至十四、第十八号、第十九号証の各一乃至三、第二十号証の一乃至九、第二十一号証の一ないし四、第二十二号証ないし第二十七号証の各一、二、第二十八号証の一乃至五、第二十九号証、第三十号証の各一乃至四、第三十一、第三十二号証の各一ないし三、第三十三号証の一、二

同(2) によれば証人簑輪恵一の証言(第一回)により真正に成立したと認められる乙第八号証と、同人の証言。

同(3) によれば乙第九、第十号証、第三十五号証の一、二、原審証人江坂幸雄の証言、原審及び第二審での大内清本人の証言である。

しかし右証拠の内、原審における江坂幸雄、簑輪恵一、及び大内清の証言、並に乙第八号証を除いては、何れも京橋税務署長ないし東京国税局長の行政処分とは関係のない、昭和三十二年八月二日訴状が提起された後において訴訟維持のため東京国税局の作成した証拠物であることは、その作成日附から明かであつて、此等の証拠は、唯大内節子の役員報酬を月額三万円と認定した金額の客観的妥当性につき、裁判所の心証を形成する証拠資料ではあるが、本件訴訟の対象である、京橋税務署長ないし東京国税局長の行政処分の正当性を証明する直接の証拠とはならない。何となればその行政処分の行はれる当時存在していないからその法規範となり得ないからである。

而して京橋税務署長の本件更正決定に重大の関係ある証人江坂幸雄の原審における証言からは、法人税法第三十一条の三第一項の法規範である前述(ロ)(ハ)の規範に準拠して行政処分がなされたことは証明せられないのみでなく、かへつて原判決において「本件にあらわれた全証拠をもつてするも適正額を認めるには不十分であるそうすると原告が大内節子に対し支給した報酬の額のうち何程が適正額を超える過大なものであるかどうか確定することができないから被告のなした大内節子に支給された報酬の否認は正当とはいえない」と判示して、原告勝訴の判決をなしたこと、及び第二審における訴訟維持のために前述の如く証拠物の大部分が作成されたこと等から判断すれば、京橋税務署長の決定ないし東京国税局長の審査決定は、法人税法第三十一条の三第一項の法規範を無視してなされたことが窺われる。

第二審判決は、本件行政処分のなされた以後、大部分が東京国税局長の訴訟維持のために作成した証拠によつて、本条の立法理由、及び法規範、並にその適用条件につき、行政処分はかくあるべきだとの法規範を詳細に判示しているが、判決理由のどこにも、京橋税務署長ないし東京国税局長が、上告会社の代表取締役大内節子の報酬の一部を否認するに当つて、法人税法第三十一条の三第一項の法規範に準拠してなされたとの判示はなく、たまたま否認金額と客観的妥当性の法規準とが近似したことを理由に「してみると被控訴会社が大内節子に支払つた昭和三十年一月から六月までの役員報酬合計金四十万円のうち金拾八万円(月額三万円の割合による六ケ月分)を超える金三十二万円についての控訴人の否認は正当であつて、右超過金額は被控訴会社に対する課税の計算上利益の処分として所得に加算さるべきものであり、これを損金として計上することは許されない」と判示したのは証拠による推理の理論的根拠を示さない判決であつて違法である。

第三点<省略>

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